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2018 Group Shot

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2015 Group Shot

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参加者の声

2018年度
2018年度
2017年度
2017年度

”複雑な日中間の問題がある一方で、私がこの日中青年会議で出会った香港・中国・日本の人々は、全員、生涯においてかけがえのない心から大切にしたいと思う人達です。たった7日間で本当にお互いを完璧に理解できたのかと聞かれれば、そうだとは言い切れません。しかし私達は国としての文化のみならず、一人の人間としてそれぞれが大切にしている価値観というものを気づかぬうちに共有し、お互いにそれを尊重し合いました。” ”会議参加前は、中国のことを遠い国だと思っていました。日本とは違う政治制度で国が情報統制をしている.....しかし、日中青年会議では、中国の中高生も音楽や芸能人などの話で盛り上がる、自分と何一つ変わらない若者だったことに気づきました。そう気づいた瞬間、中国という国がとても身近なものとなりました。”

2016年度
2016年度

"討論やプレゼンテーションはもちろん、例えば、グループごとに香港の街に出て、街頭パフォーマンスをするなどの体験もできました。僕のグループは、千羽鶴ともいかないものの、“百羽鶴で平和を”と題して、香港の街の人に声をかけて実際にその場で鶴を折ってもらい、最終的に100羽以上の鶴が集まりました。" "会議の間は、英語を共通言語としてさまざまなセッションを行いました。活発に発言があり、またディスカッションやスキットがかなりの比重を占めていたため、みんなが何を言っているのか理解するのに非常に苦労したことを覚えています。しかし、今何をしているのか理解するので精いっぱいでろくに発言してができなかったにも関わらず、他の参加者が真摯に私の話を聞こうとしてくれたことがとてもありがたかったです。今回の会議は、今まで私が過ごした中で一番濃い1週間になったように思います。"

2015年度
2015年度

"セッションの中で印象的だったのは、日本の首相が靖国神社を参拝することについてのディスカッションです。僕は、中国人は絶対反対の意見を言うだろうと思っていました。中国との戦争を指揮した軍人やA級戦犯の人たちが靖国神社に祀られているのならば当然「首相は参拝すべきではない」という意見を言うだろうと考えていたからです。しかし、聞こえてきたのは、「慰霊の意思を尊重すべきだ」や、「靖国を日本の軍国主義の象徴と捉えない」といった意見でした。これまで、日本の報道でしか知り得なかった中国人の感情とは違う、同世代の意見を聞くことができたことは、大変貴重な経験となりました。" "このカンファレンスでは、お互いを理解することの大切さ、というより、それまで自分にどれだけ相手への理解が足りなかったかを学びました。なぜなら、中国、香港の同世代の友達と実際に話してみて、住んでいる世界が想像していた以上に違うことに気づいたからです。ある中国人の女の子は、国内では言論統制がしかれていて世の中への疑問を周囲に話すことはほとんどないと話していました。"

2014年度
2014年度

"歴史教育の違いやメディアの影響力など、日中青年会議で学んだことは数え切れないほどありますが、何よりも中国本土と香港に心を開いて語り合った仲間ができたことが、一番の宝物です。関係を良くしたいという思いを持って同世代が集まると、こんなにも充実した影響力のある会議になるのだなと思いました。一週間をともに過ごした中国・香港の仲間とは今でも連絡を取り、夏の終わりには東京を案内しました。一緒に話して盛り上がっているうちに、中国に住んでいても、日本に住んでいても、同じ学生であり同じ意識を持っているということを学びました。"

2013年度
2013年度

"このようなセッション内容よりもさらに印象に残っているのは、大好きな参加者たちと交わした何気ない会話です。毎晩続いたガールズトークや寮での日常生活を通して、皆が中国人か日本人である前に、日中関係を改善したいと思っている同じ中高生なのだと感じました。" "実際、自分の先入観で、中国人はこう考えるだろうというのが間違っていたり、「へえ、そういう考えができるんだ!」と思う場面も多々ありました。つまり、実際に現地へ言って、本音で話し合い、目と目で分かち合わないと、真実が分からないということです。手紙にも、SNSのメッセージでも、伝わらない気持ち、思いが詰まっていて、それを知るためには、やはり生身で話し合うことが不可欠だと考えています。"

2012年度
2012年度

"一番緊張した場面は、昼食を外で食べたときです。レストランは人で溢れており、日本人は私たちだけだったのでとても目立ちました。そして 店員が私に向かって強い口調で何か言っているのです。その頃は日中の政治的関係が悪化していた時期だったので、きっとこの店員は日本人の私が店に入られるのを嫌がっているのだろうと思っていました。しかしスタッフの方に通訳してもらい、私は心が温かくなりました。「君は日本人?ようこそ!よくここまで来てくれたね!なんか日本語教えてよ!」と言っていたのです。" "日本、中国、香港の教科書をもとに作ったタイムライン。一部分だけがぽっかりと空白になった中国や香港のタイムラインや、南京事件は中国や香港では南京大虐殺で、その記述は学校の歴史の教科書とは思えないくらいのページ数を費やして記述されていたことは、今でも時々幾度めかの衝撃と共に思い出すことがあります。"

2011年度
2011年度

"そこにはすでに中国本土、香港から来ていたルームメイトがいました。彼らは僕が入ってきたと同時に「よろしく」と出迎え握手をしてくれました。彼らの手の温かさと笑顔で僕の心の中の緊張が一瞬にとけました。まるで以前からの友人と再会を喜ぶような気持ちになりました。"